名古屋地方裁判所 昭和62年(ワ)1833号 判決 1991年10月17日
原告
A
右訴訟代理人弁護士
浅井正
同
福井悦子
同
若松芳也
同
竹内浩史
同
岩田宗之
被告
国
右代表者法務大臣
左藤恵
右指定代理人
佐々木知子
外一名
被告
愛知県
右代表者知事
鈴木礼治
右訴訟代理人弁護士
佐治良三
同
後藤武夫
右指定代理人
河村裕晴
外一一名
主文
一 被告国は、原告に対し、金一二万円及びこれに対する昭和六二年二月五日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
二 原告の被告国に対するその余の請求及び被告愛知県に対する請求をいずれも棄却する。
三 訴訟費用のうち、原告及び被告国に生じた費用についてはこれを一〇分し、その一を被告国の、その余を原告の各負担とし、被告愛知県について生じた費用は全部原告の負担とする。
事実及び理由
第一請求
被告らは、原告に対し、各自金一二〇万円及びこれに対する昭和六二年二月五日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
第二事案の概要
本件は、勾留中の被疑者の弁護人になろうとしていた原告が、担当検察官及び留置管理担当官によって被疑者との接見交通を妨害されたとして、国家賠償法一条に基づき、慰謝料、営業損害金等の損害賠償を請求した事案である。
一争いのない事実等
1 当事者
(一) 原告は、名古屋弁護士会に所属する弁護士であり、昭和六二年二月五日午後三時当時、競馬法違反被疑事件で代用監獄愛知県中川警察署留置場に勾留されていた訴外Y(以下「本件被疑者」という)の妻から弁護人選任の依頼を受け、本件被疑者の弁護人となろうとする者であった(<証拠略>)。
(二) 被告国は、昭和六二年二月五日当時、右事件の捜査担当者として、訴外名古屋地方検察庁検察官事務取扱副検事T(以下「T検察官」という)をして、右事件の捜査をさせていた。
(三) 被告愛知県は、昭和六二年二月五日当時、同県の設置する代用監獄愛知県中川警察署留置場において、同署警務課留置管理係長警部補F(以下「F係長」という)をして本件被疑者に対する留置業務を遂行させ、F係長の下、J巡査及びS巡査が留置管理係員として勤務していた。
2 事実経過
(一) 本件被疑者の逮捕・勾留の経緯
(1) 愛知県中村警察署署員は、昭和六二年一月一八日、本件被疑者を競馬法違反(場外ノミ行為)の嫌疑で緊急逮捕すると共に、同日、本件被疑者と共犯関係にあると目されたR(以下「被疑者R」という)及びその内妻であるM(以下「被疑者M」という)を併せて緊急逮捕した。
本件被疑者は、右逮捕事実について、昭和六二年一月二〇日、両被疑者と共に名古屋地方検察庁に送致され、T検察官が右事件の主任検察官として捜査を担当した。
(2) T検察官は、昭和六二年一月二〇日、名古屋地方裁判所裁判官に対し、本件被疑者ら三名につき勾留及び接見禁止等の請求をなしたところ、同日、同地裁裁判官から両請求を認容する旨の決定を得、本件被疑者については、代用監獄愛知県中川警察署留置場に勾留された。
T検察官は、勾留執行後、本件被疑者、被疑者R及び被疑者Mの各勾留場所の長である中川警察署長、昭和警察署長及び愛知県警本部留置管理課長宛にそれぞれ、「捜査のため必要があるので、右の者と、弁護人又は弁護人を選任することができる者の依頼により弁護人となろうとする者との接見または書類若しくは物(ただし、食糧及び衣料は除く)の授受に関し、その日時、場所及び時間を別に発すべき指定書の通り指定する。」との文言のある「接見等に関する指定書(通知)」と題する書面を送付した(以下右書面を「一般的指定書」といい、T検察官が一般的指定書をN警察署長に送付した行為を「一般的指定」という)。
その後、T検察官は、本件の捜査を続行し、昭和六二年一月一九日、名古屋地方裁判所裁判官に本件被疑者ら三名の勾留延長を請求し、いずれも一〇日間の勾留延長が認められた。
(二) 本件当日の事実経過
(1) 原告は、昭和六二年二月五日午後三時頃、愛知県中川警察署(以下「中川警察署」という)に赴き、同署の留置管理係員に対し、本件被疑者との接見を申し入れた。右係員は、直ちに原告を接見室へ入室させるとともに、本件被疑者を留置室から接見室に入室させた。
(2) 一、二分経過後、F係長は接見室の扉を開け、その隙間から「弁護士さん、指定書をお持ちですか。」と尋ねたところ、原告は指定書は持参していない旨答え、原告とF係長との間で、本件被疑者との接見を巡って紛争が生じた。
(3) F係長は、午後三時一五分ころと同二〇分ころ、T検察官に架電し、T検察官の意向として原告に対し、指定書で具体的指定をするから検察庁まで出向いて欲しいと伝えたところ、原告は、本件では指定の要件がそもそも存在しないし、検察官のもとに指定書を取りにいく必要はない旨主張し、T検察官の要請に応じる姿勢を示さなかった。
そこで、F係長は午後三時三〇分過ぎころ、S巡査に命じて右指定書(以下、検察官のなす接見指定を一般的指定と対比する意味で「具体的指定」ということがある。また、右指定の内容を記載した書面を「具体的指定書」という)を名古屋地検まで取りに赴かせた。
(4) T検察官は、同日午後四時一五分過ぎころ、本件被疑者につき、接見時間を「同日午後四時四〇分から午後六時までの間に二〇分間」とする旨記載した具体的指定書を作成し、これを右S巡査に交付した。同巡査は午後四時五〇分ころ中川警察署に到着し、原告は午後四時五五分から二〇分間、本件被疑者との接見を行い、その際原告は本件被疑者から弁護人に選任された。
(5) 本件被疑者は、翌日の二月六日、競馬法違反及び自転車競技法違反で名古屋地方裁判所に起訴された。
二争点
1(一) 本件において、T検察官が接見指定権を行使し、原告に対して具体的指定書の受領・持参を求めたことは適法であったか。
(二) T検察官がなした接見指定に関する一般的指定は違法な処分といえるか。
2 留置管理係F係長が原告に対し、検察官の具体的指定書が到着するまで本件被疑者との接見を許さなかったことは違法といえるか。
3 仮に前記1・2で違法が肯定された場合、
(一) T検察官に、故意・過失が認められるか。
(二) F係長に、故意・過失が認められるか。
4 原告の損害発生の有無及び程度。
三争点に関する当事者の主張
1 争点1(一)(指定の要件の有無等)について
(原告の主張)
(一) 接見交通権の性質
憲法三四条は、拘束された被疑者・被告人について弁護人依頼権を保障しているが、この弁護人依頼権は単に形式的に弁護人を選任することができるというだけの権利ではなく、身柄を拘束された被疑者・被告人が、その自由や権利を防御する上で最も必要な時に実質的に弁護人の援助を受けられる権利をも保障したものである。
このような重要な任務を背負った弁護人の諸活動が効果的に行われるためには、弁護人と被拘束者とが自由に、かつ、立会人なしに接見し、物の授受をなしうることが大前提であり、接見交通の自由が保障されない限り、刑事訴訟法上の被疑者・弁護人の権利行使は勿論のこと、身柄拘束者に対する弁護人活動の全てが実効性を期しえない結果となる。
この意味において、接見交通自由の大原則は、憲法三四条の弁護人依頼権の実質的内容をなしており、刑事訴訟法三九条一項に定める被疑者らの接見交通権は、憲法三四条に保障された憲法上の権利である。
しかも、刑事諸手続きに関する憲法の規定は、国家刑罰権及び捜査の実施と人身の自由の保障に関し、捜査を実施する場合は、弁護人依頼権、黙秘権といった刑事基本権と適正手続の保障によって右捜査が限定されることを明らかにしたものであるから、憲法上の権利である接見交通権が捜査権の制約原理とはなっても、単に接見交通権と捜査権の調和が求められている訳ではなく、常に接見交通権が捜査権よりも優位に立っていると解すべきである。
(二) 「捜査のため必要があるとき」の解釈
接見交通の場においては、被疑者は捜査の客体であると同時に防御の主体でもあり、捜査機関と弁護人あるいは弁護人を選任することのできる者の依頼により弁護人になろうとする者(以下「弁護人等」という)とが被疑者の身柄を巡って衝突する場合が考えられることから、かかる場合には、被疑者取調べ等と接見交通との時間的調整が必要となる。
そして、刑訴法三九条三項は、接見指定の要件として「捜査のため必要があるとき」という漠然とした要件を挙げるのみであるが、右にみたような接見交通権の意義からすれば、右「捜査の必要性」の意味内容が一義的に明確にされなければならない。
右見地からすれば、「捜査のため必要があるとき」とは、①捜査機関が被疑者の身柄を現に使用している場合で、②接見を直ちに実現するために捜査を中断すれば、右捜査の支障が顕著な場合をいうと解すべきである。
(三) 本件における指定要件の不存在とT検察官の違法行為
原告が本件接見の申出をした際、本件被疑者は取調べもなく在監していたのであり、また、右当時、既に本件被疑者の起訴状はほぼ完成していたのであって、原告の接見が捜査の進捗に支障を来す状況ではなかった。
また、仮にT検察官が本件被疑者の取調べを予定していたとしても、これは単なる取調べ予定ないし可能性にすぎず、検察官の「取調べ予定可能性」が弁護人等の接見交通権に優先することはありえない。
したがって、具体的指定の要件が存在しないにもかかわらず、右指定権を行使したT検察官の行為は刑訴法三九条一項および三項に反し違法である。
(四) 書面による具体的指定、具体的指定書の受領・持参要求の違法
検察官が具体的指定権を行使する場合、これを書面により行うか否か、あるいは接見を申し出た弁護人等に対して具体的指定書の受領・持参を求めるか否かは、具体的指定権行使のための要件が具備した後の指定の方式の問題であって、指定の要件が存しない場合には、右指定の方式など問題にもなりえない。
T検察官は、本件において具体的指定権行使の要件が存在しなかったにもかかわらず、右要件が存在するものとしてことさら具体的指定書による指定権の行使にこだわるばかりか、右指定書を検察官のもとに取りに来させ、それを留置担当官のもとに持参するよう原告に対し要求し、原告と本件被疑者との接見を二時間近くも遅延させたものであって、T検察官の当該行為は違法である。
(被告国の主張)
(一) 「捜査のため必要があるとき」の解釈
接見指定権を行使することのできる要件の存否は、被疑者の身柄の物理的必要性の有無といった機械的・画一的な基準のみによって判断されるべきものではなく、刑訴法三九条三項にいう「捜査のため必要があるとき」とは、当該事案の性格、内容及び背景(当該事案が組織的、集団的あるいは計画的犯行であるか否か等)、当該事案の真相を解明するために必要な捜査の手段、方法(汚職事犯、選挙買収事犯等のように、当該事案の真相を解明するためには専ら被疑者や関係人の供述によらなければ立証が困難である事案か否か)、真相解明の難易度、捜査の具体的進展状況(証拠の収集がどの程度行われているか等)、被疑者の供述状況、関係人の捜査に対する協力状況(罪証湮滅工作をしているか否かを含む)、弁護活動の態様(弁護人等のこれまでの接見状況)等、当該事案に係るすべての事情を総合的に判断した場合に、弁護人等と被疑者との無制約な接見により、事案の真相の解明を目的とする捜査の遂行に支障を生ずるおそれが顕著であるとみとめられる場合をいうものと解するのが相当である。
(二) 本件における指定要件の存在
(1) 本件被疑者に対する捜査状況
T検察官は、昭和六二年一月二〇日、本件被疑者らに関する事件配点を受け、同日、勾留請求に先立ち本件被疑者らの弁解を聴取した。その後、T検察官は本件の捜査を続行し、同月二四日、本件被疑者の取調べを行ったところ、本件被疑者において、右弁解聴取の際認めていた被疑者Rらとの共謀事実を否認し、単独犯である旨の供述をするに至り、本件被疑者との共謀を認める被疑者Rらの供述と食い違うようになった。
さらに、同年二月四日に行われたT検察官による本件被疑者の取調べの際には、本件被疑者は新たに、これまでノミ客の一人であると供述していたOについて共犯者である旨供述するに至った。当時、右Oについては、中村警察署において取調べが開始されていたが、検察官の取調べは全く行われておらず、未だ逮捕されていない状況であった。
そこでT検察官は、本件被疑者の右供述内容を踏まえ、その真偽を解明し、本件の共謀成立の有無について心証を形成するため、原告から接見の申出のあった同年二月五日の午前中に被疑者Mを、午後には被疑者Rの取調べを行ったが、F係長から原告の接見申出の連絡を受けた時点では被疑者Rの取調べの最中であり、右取調べの結論が出ていなかったため、T検察官において、本件被疑者らの共謀の成否について未だ明確な心証を形成してはいなかった。
(2) 指定要件の存在
右状況において、T検察官は、被疑者Rの取調べ結果によっては、自ら即時中川警察署に赴いて本件被疑者の取調べをしようと予定していた(なお、本件被疑者については昭和六二年二月八日の勾留満了日が切迫していたため、二月五日を逃しては右取調べの機会がなかった)。
また、本件被疑者と被疑者Rらとの共謀が認められるか否かは、本件被疑者に対する処分、起訴相当と判断した場合の訴因の構成及び量刑の判断をするうえで極めて重要な意味を有するばかりでなく、本件においてはノミ受けメモしか物証がないことから、犯罪の立証には本件被疑者らから正確な供述を得ることが不可欠であったうえに、本件においては、前記Oと本件被疑者との共謀関係の問題も生じていた。
以上の事情により、T検察官は、原告と本件被疑者との接見が無制約になされれば、本件被疑者の取調べ時間が確保できなくなること、本件被疑者と被疑者R・同Mとの間に通謀がなされ罪証を湮滅されるおそれのあること、あるいは右Oが逃亡ないし罪証湮滅を図るおそれのあること等を慮り、原告が被疑者Rらの弁護人にもなろうとしているのか否か(原告と本件被疑者との接見の結果が被疑者Rらに伝わるおそれが強いか否かを判断する一資料となる)、原告の接見予定時間(同検察官が本件被疑者を取調べる時間を確保できるか否かを判断する一資料となる)等を確認し、できれば本件被疑者の取調べが終了し、本件被疑者の供述の真偽について心証を形成できるまで接見を待ってもらえるかどうかを原告と協議しようとしたところ、原告は電話にすら出ようとしなかったことから、同検察官は一層接見日時等を指定する必要があると判断せざるを得なかったのである。
したがって、本件においては、具体的指定をすべき要件を充足していたというべきである。
(三) 書面による具体的指定の適法性
刑訴法は、接見指定に関して、その処分の方式や告知の方法につき何ら規定しておらず、これらについては、指定権者の合理的な裁量に任されていると解せられる。そして、接見指定を書面で行いその内容を明確にすることは、立場を異にする関係者が多数関与し、とかく紛議を生じやすい接見手続を迅速、円滑に行うためにも、また準抗告の対象を確定するためにも極めて合理的な方法であり、実務上もこれが定着している。
特に本件においては、原告は、被疑者が在監中は検察官や警察官に接見指定権はないとの独自の見解の下に、T検察官との電話での協議にも応じず、また、留置担当者に対しことさら論争を挑む等していたのであって、仮にT検察官が電話による接見指定を行ったとすれば、接見の終了に際し、原告と留置担当者らとの間で、接見指定の有無やその内容につき再び紛議が生じたことが容易に推測されることから、検察官において書面による接見指定をすることの合理性や必要性は高かったといえる。
したがって、T検察官が書面により具体的指定を行ったことは、合理的な裁量の範囲内であって適法な行為であるとともに、弁護人等の接見交通権の行使を妨げるものでもない。
(四) 具体的指定書の受領・持参要求の適法性
接見指定の告知の方法に関して、指定権者の合理的な裁量に任されていると解せられること前記(三)のとおりであるが、検察官が告知の方法として、弁護人等に対し具体的指定書を受領するために検察庁へ来庁するよう要求することも、それが弁護人等に過重な負担を課する等特段の事情がないかぎり合理的であり、実務上もこれが定着しているものである。
本件においては、原告は中川警察署に赴いているので、原告に対し具体的指定書を受領するため検察庁に来るよう要求することは、原告にそれなりの負担を課することになろうが、中川警察署から名古屋地方検察庁までは車で片道三〇分程度の距離であり、原告に具体的指定書の受領を要求しても、その間の往復が原告にとって著しい負担となるとは思われず、むしろ、原告は中川警察署に赴くに当たり、捜査機関と接見に関して事前の問い合わせや調整を行っていないのであるから、右のような負担は、原告が当然要請される捜査機関との事前の調整義務を尽くさなかったため招来したものであるから、自ら招いたその程度の負担は甘受すべきものといわなければならない。
(五) したがって、T検察官が、本件において指定の要件が存すると判断して指定権を行使したこと、右指定権の行使を書面によって行ったこと及び原告に対し右書面を受領するため検察庁まで来訪を求め、右書面を中川警察署まで持参することを要求したことは何ら違法ではない。
2 争点1(二)(一般指定の違法性)について
(原告の主張)
(一) 本件当時の一般的指定の運用の実情
昭和六三年三月以前においては、弁護人等と被疑者との接見につき、一般的指定が成されているか否かによりその取扱いは全く異なっていた。
すなわち、一般的指定がなされていない場合は、弁護人等が代用監獄に被疑者との接見に赴いた場合、被疑者が在監していれば勿論のこと、署内で取調中であっても、留置担当官は捜査主任官に連絡を取り、取調べを中断させて速やかに接見を実現させていた。しかし、一般的指定がなされている場合、弁護人等が具体的指定書を持参していれば、取調中であるか否かにかかわらず留置担当官は、その指定書の指示内容に従った接見させるが、具体的指定書を持参していない場合は、取調べもなく被疑者が在監している場合であっても、弁護人等と検察官との協議が整わないかぎり接見することはできない状況であった。かかる事態は、検察官による具体的指定がなされない限り、一般的指定によって弁護人等が自由に被疑者との接見を行えないとの拘束を受けているものというべきである。
しかも、当時検察官は、弁護人等に対し、一般的指定のなされている事案については、具体的指定権を行使するための要件の有無に関わりなく、弁護人等に検察官との接見についての協議を強要するばかりか、接見時間の指定も一五分間といった時間制限をし、なおかつ弁護人等が具体的指定書を検察庁に取りにきた上で代用監獄に具体的指定書を持参し、留置管理係員に右指定書を交付することを要求していた。
また、一般的指定は、一般人との接見禁止決定がなされた事案のすべてについてなされていたところ、検察実務は、具体的指定権を行使することのできる場合として「罪証湮滅のおそれがある場合も含め捜査全般の必要性がある場合」と考えているのであり、しかも指定権を行使しない検察官は存在しないことからすれば、検察官は勾留の全期間を通じて常に具体的指定の要件があるとしていることになる。
(二) 一般的指定の違法性
このように、検察実務においては、一般人との接見禁止事案は、一般的指定事案であり、常に具体的指定の要件のある事案ということになり、前記のような留置担当官の取扱い、具体的指定がなされた場合の接見時間の制限及び具体的指定書の受領と留置担当官への持参要求の存在からすれば、一般的指定によって原則的に弁護人等と被疑者との自由な接見は禁止され、具体的指定によって初めて右禁止が部分的に解除されることになるのであって、かかる一般的指定制度は、憲法三四条に由来する接見交通の自由を著しく制限し、原則と例外を逆転させるものであって、制度自体として刑訴法三九条一項及び三項に反する違法なものである。
したがって、T検察官のなした本件一般的指定も違法な処分というべきである。
(被告国の主張)
(一) 一般的指定の性質
一般的指定とは、検察官が、刑訴法三九条三項により行う接見指定権を円滑かつ確実に行うため、当該被疑事件について必要がある場合には、接見指定権を行使する意思があることを監獄の長らに対し予め通知する事務連絡にすぎず、原告が主張するように、被疑者と弁護人等との接見を原則的、一般的に禁止する効力を有するものではない。
すなわち、刑訴法三九条三項は、被疑者の防御権と捜査権との調和を図る見地から、捜査の必要がある場合には、検察官等が接見指定権を行使することができる旨定めるところ、弁護人等から勾留後の捜査主宰者である検察官に対し、直接接見の申出がなされる場合には、検察官が具体的指定の要否を判断する機会が与えられるが、接見申出が直接監獄(代用監獄を含む。)の長に対してなされる場合、検察官において具体的指定の要否を判断する機会が与えられず、この機会を確保するためには、監獄の長において弁護人等から接見の申出がある都度、捜査担当の検察官に問い合わせるという煩わしさが伴い、しかも行き違いの生じやすい手続きが必要となるので、このような場合に備え、検察官が接見につき必要があれば具体的指定を行う意思のある事件につき、いわゆる一般的指定といわれる前記事務連絡を行っていたのである。
したがって、一般的指定は、刑訴法三九条三項の規定の趣旨に基づき、弁護人等と接見指定権者である検察官及び被疑者の身柄を確保し接見事務を所管する監獄の長の三者の権利・権限を適正に調整し、手続面の明確性と確実性を担保しつつ、弁護人等の接見手続きを円滑化するためのものであり、その性質は、検察官が当該被疑事件について必要がある場合には、具体的指定をする用意があることを監獄の長らに対し予め通知するものにすぎず、被疑者と弁護人等との接見を原則的、一般的に禁止する効力を有するものではない。
(二) 一般的指定がなされた場合の接見事務の運用
本件においてもT検察官は、その事案の性質上、弁護人等から接見申出があれば接見指定権を行使する必要があると考え、接見指定権の円滑かつ確実な行使をはかる措置を採る機会を確保するために、中川警察署長に対し、右の意味の通知を行ったにすぎない。
また、当時の愛知県警察本部においても、主任検察官から一般的指定書の送付を受けた場合には、弁護人等が具体的指定書を持参せずに接見に赴いたときには、留置担当官は、まず当該事件の主任検察官と弁護人等との接見指定に関する協議の有無を確認したうえ、その協議がなされていなければ、主任検察官に連絡を取り、主任検察官が接見指定を行う場合には、弁護人等に対し主任検察官との間で協議することを要請するよう運用されていたにすぎないのであって、一般的指定をもって弁護人等と被疑者との接見を一般的に禁止する効果を持たせるなどという運用はされていないのである。
(三) したがって、一般的指定に関する原告の主張は、その前提を欠きそれ自体失当であるばかりか、一般的指定が検察官と監獄の長との間の事務連絡にすぎないことからすれば、何ら違法な点は存しない。
3 争点2(留置管理係の違法行為の有無)について
(原告の主張)
勾留をするのは裁判官であり、監獄ないし代用監獄はその執行にあたる地位にあるのであるから、検察官が監獄ないし代用監獄の事務を指示・指揮する立場にないことはもちろん、監獄ないし代用監獄が検察官の指示に従う義務はない。
そして、勾留事務の中には、弁護人等と被疑者との接見交通を確保することも含まれていると解されるところ、F係長は留置担当官として、弁護人等と被疑者との接見交通権を制限ないし阻害する者があればこれを阻止する職責を負うのであるから、同係長が一般的指定の適否を判断することなく、また、T検察官の指示に従い原告と本件被疑者との接見をさせなかったことは違法である。
また、本件においては、F係長は単に検察官の発布する具体的指定書がない限り原告と本件被疑者との接見を許さないという取扱いをし、一般的指定による接見の一般的禁止という効果を現出させたのであるから、右F係長の処置は違法である。
(被告愛知県の主張)
(一) 前記2において被告国が主張するとおり、一般的指定は検察官と監獄の長との間の内部的事務連絡にすぎず何ら違法な点は存しないと解すべきところ、F係長は右事務連絡に従い、原告が接見を申し出た際、右申出を接見指定権者であるT検察官に伝達して、接見指定の要否、方法等について検討する機会を与えたにすぎないから、右F係長の行為が違法でないことは明らかである。
(二) また、国家賠償法一条にいう「違法」の存否は、被侵害利益の性質と侵害行為の態様との相関関係から判断すべきものであるところ、本件においては、以下にみるように、右相関関係からすればF係長の行為には何ら違法性は認められない。
即ち、原告が侵害されたと主張する利益は、本件被疑者との接見が一時間五〇分遅れたことによる弁護士業務の遂行が遅れたことであるが、この程度の遅延は、弁護士が日常経験する程度の「予定変更」ないし「差し支え」にすぎず、極めて些細で法律上の保護に値しない程度の利益ないし便宜にすぎない。
他方、原告は、F係長がT検察官の発した一般的指定書に基づき、原告が具体的指定を受けるまで接見をさせなかったことを侵害行為と主張するが、F係長の右行為は、我国における刑事実務上一般に定着し、普遍的に行われている留置業務の一環としてなされた手続にすぎず、また仮に一般的指定が結果的に違法と評価される処分であるとしても、留置担当者としては、業務上の義務として、かつ、適法と信じてなしたものであるし、原告に対する応対の態度も社会常識に適合したものであるのみならず、原告とT検察官との電話による協議を試みる等原告に積極的に便宜を計ろうとしたものであるから、その態様も格別悪質ではない。
したがって、右二つを相関的に考慮すれば、F係長の右行為は、不法行為の成立を肯定しなければならない程度の違法性を生ぜしめるものとは到底いえない。
4 争点3(一)(T検察官の故意・過失の有無)について
(原告の主張)
「捜査のため必要があるとき」の解釈について、①捜査機関が被疑者の身柄を現に使用している場合で、②接見を直ちに実現するために捜査を中断すれば、右捜査の支障が顕著な場合をいうと解すべきであることについては、最高裁判所第一小法廷昭和五三年七月一〇日判決によって確立され、それ以降、右要件について罪証湮滅の防止をも含む捜査全般の必要性であると解する裁判例は存在しない。
したがって、T検察官には、右解釈に従って具体的指定をなすべき義務があり、これに反したときは少なくとも過失がある。
また、T検察官は、本件について指定の要件が全く存在しないにもかかわらず、ことさら具体的指定書の方式にこだわるばかりか、右指定書を検察官のもとに取りに来させ、これを代用監獄まで持参のうえ留置担当官に交付する方式にもこだわって、被疑者・弁護人等にとって最も重要な第一回目の接見について、二時間近くもその開始を遅延させたものであって、その過失は重大である。
(被告国の主張)
ある事項に関する法律解釈につき異なる見解が対立し、実務の取扱いも分かれていて、そのいずれも相当の根拠が認められる場合に、公務員がその一方の見解を正当と解し、これに立脚して公務を執行したときは、裁判所が事後にこれを違法と評価しても、右公務員に過失があったということはできないというべきである。
本件においては、T検察官は、刑訴法三九条三項にいう「捜査のため必要があるとき」の解釈につき、前記1の「被告国の主張」(いわゆる非限定説)のとおり解することが正当であるとして接見指定権を行使したものであるが、本件接見指定権が行使された昭和六二年二月当時、非限定説を採る学説が相当の根拠をもって有力に主張され、裁判例も確たるものは存在せず、また、現に警察官が被疑者を取調中であった事案について判断した最高裁昭和五三年七月一〇日判決がいわゆる限定説を採用したものか否かにつき、その評価、解釈が分かれており、検察実務は非限定説に基づいて運営されていたのであるから、右最高裁判決の判文から直ちに原告の主張するような限定説が導き出され、それが確立していたという状況ではなかった。
このような状況を踏まえてみると、T検察官は、接見指定権行使の要件に関する法律解釈が分かれ、実務の取扱いも分かれる中で、それ相当の根拠のある一方の見解を正当と解し、これに立脚して公務を執行したものであって、国家賠償法上の故意又は過失がないことは明らかである。
5 争点3(二)(F係長の故意・過失の有無)について
(原告の主張)
前記2の「原告の主張」で述べたとおり、捜査主任官たる検察官と留置担当官との間に指揮命令関係があるわけではないから、F係長が一般的指定を違法であると判断しえたことは明らかである。したがって、F係長が違法である一般的指定により、T検察官が原告の接見交通権を侵害したことに協力した点に、同係長の過失が存する。
また、「捜査のため必要があるとき」の解釈については、①捜査機関が被疑者の身柄を現に使用している場合で、②接見を直ちに実現するために捜査を中断すれば、右捜査の支障が顕著な場合をいうと解すべきことは、前記最高裁昭和五三年七月一〇日判決以降確立した判例であるが、捜査に全く関与しない留置担当官にとっても、被疑者が現に取調中であるか在監中であるかは、ごく形式的な判断で済むとともに、右判断を行う権限も義務もあるというべきであって、F係長が右義務を怠ったことは、同係長の過失というべきである。
(被告愛知県の主張)
(一) F係長が一般的指定に従った点について
F係長は本件被疑者の捜査に従事せず、拘置所の職員と同視し得る立場にある代用監獄の留置管理業務に従事する職員であるから、T検察官のなした一般的指定の適否を判断し得る立場にはなく、F係長に過失は存しない。
仮に、F係長が一般的指定の違法・適法を判断し得る立場にあり、一般的指定が事後に違法と評価されたとしても、本件当時、一般的指定の性質に関しては見解が分かれ、むしろこれを内部的事務連絡と位置付けて適法とする裁判例が多数存在したのであるから、被告国が前記4で主張するようにF係長は一般的指定を内部的事務連絡と解して公務を執行した以上、同係長に職務上の過失があったとはいえない。
(二) F係長が具体的指定に従った点について
F係長は本件被疑者の捜査に従事していた訳ではなく、同係長の職責は被疑者の留置及び留置場の管理を行うことであるから、同係長には、刑訴法三九条三項の「捜査のため必要がある」か否かにつき、起訴前の捜査の統括責任者である検察官の判断を再審査して、その存否を検討する義務のないことは明らかであり、同係長に過失のないこともまた明らかである。
6 争点4(原告の損害の有無)について
(原告の主張)
(一) 精神的損害
原告は、T検察官及びF係長の前記違法行為(1・2・3の各「原告の主張」)により、①一旦開始された本件被疑者との接見を中止され、再び接見が開始されるまで約二時間接見を妨害され、②再開された接見の際、本件被疑者から「先生、検事さんと喧嘩して情が悪くならせんですか。」と質問され、その後本件被疑者から原告を解任したい旨の意向が示され、③そのため同僚である訴外U弁護士より、ほとぼりがさめるまで一時弁護活動を控えるよう告げられた。
また、右接見の遅延により、④原告は、他事件の依頼者との打合せを当日午後四時から予定していたところ、右依頼者を二時間待たせて謝罪し、⑤午後六時からの会合にも遅れて出席者に迷惑をかけた。
以上の事実によって、原告は精神的苦痛を被り、右苦痛を慰謝するための慰謝料として一〇〇万円は下らない。
(二) 業務損害
約二時間の時間の空費は、日弁連報酬基準及び原告の弁護士としての経験年数からすれば、一時間あたり二万円、合計四万円に相当する。
(三) 弁護士費用
原告は、本件訴訟を追行するにあたり、弁護士浅井正外四名に委任したところ、本件訴訟追行の難易度、必要とされる時間が大きいことから、その報酬は五〇万円を下らない。
(四) 本件においては、右損害額一五四万円のうち、金一二〇万円及び不法行為の日である昭和六二年二月五日から年五分の割合による遅延損害金を求めるものである。
(被告国の主張)
(一) 刑訴法三九条一項は、被疑者との接見交通権を弁護人等の固有権として規定しているが、右権利は、被疑者の防御権の行使を補助するために刑事手続上検察官と対立する立場に立つ機関ともいうべき弁護人等に対し、右手続上の権利として付与されたものであって、弁護人等の地位に就いた弁護士たる個人に対して、被疑者の権利擁護と関係なく付与されたものではない。したがって、刑事手続上の機関ともいうべき弁護人等が、このような刑事手続上の権利を妨害されたとしても、このために生じた損害を弁護士たる個人が賠償請求できるいわれはない。
(二) また、仮に弁護士個人の賠償請求が許されるとしても、本件において原告は、確立された検察実務に基づいて接見指定権を行使しようとするT検察官に対し、接見に関する指定権自体の存在を無視する態度に出ているとしか評価し得ない行動に終始しているのであって、原告の接見開始が遅れたのは、原告自ら招いた紛争とも評価できるばかりでなく、いわば原告の信念として、いうところの接見交通権確立のために行動した結果であるというべきである。
しかも、右事情により、原告の接見申出から接見開始までに一時間四〇分程度の時間を要したとしても、本件は、原告の接見申出に基づく同一の機会における接見が実現しているとの全体的評価が可能な事案であって、国家賠償法上論ずべき損害の発生を認めがたい。
さらに、起訴前の弁護活動も、結局は起訴後の弁護活動の前提としてその中で評価されると考えられるところ、本件被疑者は昭和六二年二月二四日の第一回公判で起訴事実を全面的に認め、原告も弁護人としてこれを争わず、その後四月一六日の実質的な第二回公判期日において、情状証人調べ、被告人尋問、論告、弁論が行われて結審し、同月二四日、懲役一年(執行猶予付き)、罰金二〇万円の判決が言い渡されて確定したという簡単な経過で終了しており、原告が主張する本件「接見妨害」が、起訴後の弁護活動に影響を与えたとは到底解し難い。これらの事情を総合すれば、一時的に接見が遅延した事象を捕らえて、原告に精神的損害や業務上の損害を与えたとみることはできない。
(被告愛知県の主張)
(一) 精神的損害について
原告は、慰謝料請求を基礎付ける事実として、前記(一)の①ないし⑤の事実を挙げるが、①ないし③については、被告国が前記(二)で主張するように、原告の本件被疑者に対する弁護活動に何ら支障を来しておらず、原告が精神的損害を受けた事実は認められない。
しかも、前記3「被告愛知県の主張」(二)で主張したとおり、原告の主張する被侵害利益は極めて些細なものであるから、法的保護の対象とはならず、原告に精神的損害があったとはいえない。
(二) 業務損害について
原告の主張する業務損害は、抽象的ないし期待的利益であって現実に発生したものではないから、これを法律上の救済を要する損害と解することは不可能である。
(三) 弁護士費用について
原告の本訴請求が理由のない不当なものであることは既に主張したとおりであるから、右費用を被告らが負担するいわれはない。
第三争点に対する判断
一本件の事実経過
<証拠>及び弁論の全趣旨を総合すれば、以下の事実が認められる。
1 原告は、昭和六二年二月四日、同じ法律事務所に勤務する訴外U弁護士(原告同様、本件被疑者の妻から弁護人就任の依頼を受けたものである。)から、明日本件被疑者と接見してもらいたい旨頼まれ、翌日のスケジュールの関係から、午後三時から三〇分間程度、本件被疑者との接見を行うことを決めた。
2 原告は、翌二月五日午後三時頃、愛知県中川警察署(以下「中川警察署」という)に赴き、同署の留置管理係員J巡査に対し、本件被疑者との接見を申し入れた。
右接見申出の際、本件被疑者は取調べもなく在監中であったことから、J巡査は、直ちに原告を接見室へ入室させるとともに、本件被疑者を留置室から接見室に入室させ、原告と本件被疑者との接見が開始された。
3 しかしJ巡査は、本件被疑者について検察官による一般的指定書が送付されているのに、原告に具体的指定書の確認をしていないことに気付き、右接見が開始されて、一、二分程が経過したころ、S巡査と共に接見室に赴いて、「指定書をお持ちですか。」と原告に尋ねたところ、原告は具体的指定書は持参していない旨答えた。
ちょうどその頃、所用で外出していたF係長が留置管理室に戻って来たので、J巡査はF係長に対し、右の事情を報告したところ、右報告を受けたF係長は、接見室にいる原告に対し、「弁護士さん、指定書をお持ちですか。」と尋ねたが、原告は同様に指定書は持参していない旨答えたので、F係長は原告に対し、「本件は接見禁止になっているので指定書がない限り会わせられない。接見をしばらく待ってほしい。」旨要請した。
これに対し原告は、「指定書がなくても現に接見している。接見禁止決定があったから指定書がいるというのはおかしい。接見中なのに接見をやめろとは接見妨害ではないか。」と抗議するとともに、その後、接見室の扉を開けた状態で扉付近に椅子を置き、座り込みに近い状態で抗議の姿勢を示した。
F係長は、午後三時一〇分ころ、本件被疑者の捜査を担当している中村警察署保安係に架電して捜査主任官の意向を聞いたのち、同一五分ころ、T検察官に架電して、「原告が本件被疑者との接見を求めているが、具体的指定書は持参していない。」旨を報告した。
4 右報告を受けたT検察官は、F係長の報告の内容等から原告と同係長との間で切迫した遣り取りがなされていることを感じ、本件被疑者に対する捜査状況等に照らし、早急に接見指定をする必要があると判断した。
すなわち、本件被疑者は、勾留請求に先立つ弁解聴取の際には、被疑者R、同Mとの共謀事実を認めていたものの、一月二二日に行われた中川警察署における警察官取調べの際に単独犯行である旨供述を変え、一月二四日及び二月四日に行われた検察官による取調べの際も同様の供述をし、本件被疑者との共謀を認める被疑者Rらの供述と食い違うようになった。また、二月四日に行われた検察官による取調べの際には、本件被疑者は新たに、これまでノミ客の一人であると供述していたOについて共犯者である旨供述するに至った(当時、右Oについては、中村警察署において捜査が開始され、右Oは本件被疑者との共犯関係を認めていたが、未だ逮捕されておらず、検察官の取調べは全く行われていない状況であった)。そこでT検察官は、本件被疑者の右供述内容を踏まえ、その真偽を解明し、本件の共謀成立の有無について心証を形成するため、原告から接見の申出のあった同年二月五日の午前中に被疑者Mを、午後には被疑者Rの取調べを行ったが、F係長から原告の接見申出の連絡を受けた時点では被疑者Rの取調べの最中であり、右取調べの結論が出ていなかったため、同検察官において、本件被疑者らの共謀の成否について未だ明確な心証を形成してはいなかった。
T検察官は、右のような捜査状況にあったことから、原告が被疑者R及び同Mと接見し、あるいはOと会うことによって、これらの者との間で通謀がなされ、罪証湮滅のおそれがあることを考慮して、具体的指定権を行使すべきと判断した。
5 そこで、T検察官は、原告と電話で協議するために、F係長に対し原告と電話を代わるよう指示した。
同係長は、T検察官の右指示に従い、原告に対して受話器を差し出して電話を代わるよう促したが、原告は、接見室の扉付近に座ったまま、電話口に出ることを拒んだため、同係長はその旨T検察官に報告した。
そこでT検察官は、F係長に対し、指定書で具体的指定をするから原告に検察庁まで来てほしいと伝えるよう要請して電話を切った。
F係長は、原告に対しT検察官の右意向を伝えるとともに、検察庁に出向いて具体的指定を受けて欲しい旨説得したが、原告は、「検察官のもとに指定書を取りにいく必要はない。」旨主張し、右検察官の要請に応じる姿勢を示さなかった。
他方、F係長は、T検察官との電話対応が終わった後、それまで接見室に在室していた本件被疑者を房に戻すようS巡査に指示し、本件被疑者を房に戻させた。
6 午後三時二〇分ころ、F係長はT検察官に対し、「原告に検察官の意向を伝えたが、検察庁に行く気配が全くない。」旨再度架電したところ、同検察官から、「来庁するよう伝えてほしい。」旨重ねて要請されたので、その旨原告に伝えた。しかし、原告は、「弁護人は指定書なしでも被疑者と接見することができる。現に房にいて取調べも何もしていないじゃないか。すぐに接見させろ。」と抗議し、右検察官の要請に応じる姿勢を見せないため、F係長は、再びその旨T検察官に伝えた。
そこでT検察官は、「原告の依頼を受けた者なら誰でもいいから、指定書を受領するために来庁させるよう説得してほしい。」旨F係長に要請したが、原告はT検察官の右提案も拒絶したため、指定書を受領するために署員を検察庁まで行かせる旨のF係長の提案を承諾して電話を切った。
午後三時三〇分過ぎころ、F係長はS巡査に対し、具体的指定書を受領するため名古屋地検まで赴くよう指示し、同巡査はこれに従って中川警察署を出発した。
同四時一五分ころ、名古屋地検に到着したS巡査は、T検察官の取調室からF係長に架電し、「検事は時間はいつがよいか尋ねているから、原告に電話を代わって欲しい。」旨伝え、F係長が原告にこれを取り次いだ。
しかし原告は、「本件は検察官が指定できる要件自体がないので、接見時間を指定すること自体応じられない。電話を代わる必要もない。」旨主張して、これに応じなかった。
T検察官は、右状況をS巡査から聞き、本件被疑者と原告との接見時間を、「昭和六二年二月五日午後四時四〇分から午後六時までの間に二〇分間」と指定する旨の具体的指定書を作成し、これをS巡査に交付した。
7 S巡査は、午後四時五〇分ころ、中川警察署に到着し、原告は同五五分から二〇分間、本件被疑者との接見を行い、その際原告は本件被疑者から弁護人に選任された。
8 原告は接見終了後、直ちに事務所に戻ったが、午後四時から予定していた他事件の依頼者との打合せを同六時から開始せざるを得ず、また、同六時からの予定であった弁護士同士の会合にも一時間程遅れて出席することになった。
なお、接見の際、原告とF係長の遣り取りの一部を見ていた本件被疑者から、「先生、検事さんと喧嘩して情が悪くならせんですか。」と尋ねられ、起訴後、原告に対し、同被疑者から原告を解任したい旨の意向が伝えられるとともに、U弁護士からも、ほとぼりが冷めるまでしばらくおとなしくしているようにと釘を刺された。
9 本件被疑者は、翌日の二月六日、競馬法違反及び自転車競技法違反で名古屋地方裁判所に起訴され、二回の公判を経て、四月二四日、懲役一年(執行猶予付き)、罰金二〇万円の刑を言い渡され、右刑は確定した。
二争点1(一)(指定要件該当性等―T検察官の行為の違法性)について
1 接見交通権の意義及び接見指定の要件
(一) 憲法三四条前段は、何人も直ちに弁護人に依頼する権利を与えられなければ、抑留又は拘禁されることがないことを規定するところ、刑訴法三九条一項は右趣旨に則り、身体の拘束を受けている被疑者・被告人は、弁護人等と立会人なしに接見し、書類や物の授受をすることができると規定する。
この弁護人等との接見交通権は、身体を拘束された被疑者が弁護人等の援助を受けることができるための刑事手続上最も重要な基本的権利に属するものであるとともに、弁護人等からいえば、その固有権の最も重要なものの一つであることはいうまでもない。即ち、被疑者の多くは必ずしも法律的知識に富んでいるとはいえないのであるから、身体が拘束された場合には、自己に有利な防御活動をし、公判あるいは不起訴に向けて自己に有利な証拠の収集・保全をするためには弁護人等の活動に頼るところが甚だ大きいのであって、弁護人等も適宜被疑者と接見することにより初めて、被疑者の不安を取り除き、捜査機関による違法捜査の存否を監視し、被疑者にとって有利な証拠を収集する等その職責を果たすことができるものということができる。
(二) ところで、刑訴法三九条三項は、その本文で、弁護人等と被疑者との接見交通について、捜査機関が捜査のため必要があるときは、日時、場所、時間を指定することができる旨規定するが、弁護人等の接見交通権が、前記のように憲法の保障に由来し、被疑者の防御活動にとって重要な意義を有することからすれば、捜査機関による日時等の指定は、一つしかない被疑者の身柄の取扱いを巡って、捜査と接見とが衝突するのを回避するため、あくまでも必要やむを得ない例外的な措置であって、これにより被疑者が防御の準備をする権利を不当に制限することが許されないことはいうまでもない。
したがって、捜査機関は、弁護人等から被疑者との接見の申し出があったときには、原則としていつでも接見の機会を与えなければならないのであり、これを認めると捜査の中断による支障が顕著な場合には、刑訴法三九条三項のいう「捜査のため必要があるとき」に該当するものとして、弁護人等と協議してできるだけ速やかな接見等のための日時を指定し、被疑者が弁護人等と防御の準備をすることができるような措置をとるべきである。
そして、右にいう捜査の中断による支障が顕著な場合とは、捜査機関が弁護人等の接見等の申出を受けた時に、現に被疑者を取調べ中であるとか、検証、実況見分等に立ち会わせている等被疑者の身体そのものを必要とする捜査が現に行われている場合だけではなく、間近い時に右取調べ等をする確実な予定があって、弁護人等の必要とする接見等を認めたのでは、右取調べ等が予定どおり開始できなくなる場合も含まれるが(最高裁第三小法廷昭和五八年(オ)第三七九号、第三八一号平成三年五月一〇日判決)、被告国が主張するような一般的な罪証湮滅の防止をも含む捜査全般の必要性をいうものではないと解するのが相当である。
2 本件における具体的指定要件の存否
本件においては、原告が本件被疑者との接見を申し出た際、本件被疑者が取調べもなく在監していたことは前記一1認定のとおりである。そこで、右申出の間近い時に本件被疑者の取調べ等をする確実な予定があって、弁護人等の必要とする接見等を認めたのでは、右取調べ等が予定どおり開始できなくなったか否かに付き検討する。
(一) <証拠>によれば、①本件当時、中川警察署においては、勾留中の被疑者の捜査予定については、これが警察官捜査の場合には、担当警察官から留置管理係員に対し事前に連絡がなされる場合となされない場合とがあったが、検察官が勾留中の被疑者を取り調べる場合には、通常その一日前に事前連絡がなされていたこと、②もっとも、勾留満了直前には、急遽検察官取調べのなされることもあったこと、③昭和六二年二月四日当時、T検察官から中川警察署留置管理係員に対し、同月五日に本件被疑者を取調べる旨の連絡はなされておらず、同月五日の時点においても、本件被疑者の取調べ予定に関し、T検察官からの事前連絡はなかったこと、④F係長は、原告が具体的指定書を持参していないことを確認した後、本件被疑者の捜査を担当している中村警察署保安係員に対し架電したが(前記一3)、その際右保安係員は、本件被疑者の取調べ予定の有無について何ら言及しなかったこと、⑤本件被疑者は、勾留満了日である昭和六二年二月八日の二日前である二月六日に名古屋地方裁判所に起訴されたが、右起訴日が二月六日となったのは、翌七日、八日が土曜、日曜日であったためであること、以上の事実が認められる。
(二) 右認定事実によれば、T検察官には、原告が接見を申し出た二月五日午後三時の時点において、その間近い時に本件被疑者を取り調べる確実な予定があったとは認められない。したがって、本件において、検察官が接見指定権を行使することのできる要件を具備していたとは認められない。
3 T検察官の行為の違法性
(一) 右の次第であるから、接見指定の用件がないにもかかわらず具体的指定権を行使して、原告の接見交通権の行使を制限したT検察官の行為は、刑訴法三九条一項及び三項に反し違法といわざるを得ない。
(二) また、検察官が接見指定権を書面により行使するか否か、あるいは接見を申し出た弁護人等に対して具体的指定書の受領・持参を求めるか否かは、接見指定権行使のための要件が具備した後の指定の方式・告知の問題であるから、接見指定の要件が存在しないにもかかわらず、T検察官が右要件が存在するものとして接見指定権を書面によって行使し、かつ右指定書を検察官のもとに取りに来させ、それを留置管理係員に持参するよう原告に対し要求したことは、その一般的適否を判断するまでもなく違法であるといわざるを得ない。
三争点1(二)(一般的指定の違法性の有無)について
1 一般的指定の性質
(一) 接見指定の要件である「捜査のため必要があるとき」とは、弁護人等と被疑者との接見を認めると捜査の中断による支障が顕著な場合であって、捜査の中断による支障が顕著な場合とは、捜査機関が弁護人等の接見等の申出を受けた時に、現に被疑者を取調べ中であるとか、検証、実況見分等に立ち会わせている等被疑者の身体そのものを必要とする捜査が現に行われている場合だけではなく、間近い時に右取調べ等をする確実な予定があって、弁護人等の必要とする接見等を認めたのでは、右取調べ等が予定どおり開始できなくなる場合をいうと解すべきことは前記のとおりであるが、捜査機関が捜査予定を立てて捜査の中断による支障が顕著な場合を予め確定しておくことは、捜査の流動性からして困難といわざるを得ず、また、勾留されている被疑者全部について、弁護人等からの接見の申出がなされる都度、留置担当官が検察官に対して接見指定権行使の有無を確認するとすることも煩瑣に耐えない。
したがって、事件の内容によっては、被疑者の取調べ(検証、実況見分等の立会いも含む。)が多数回におよび、限られた勾留期間の中で弁護人等の接見を自由に認めることが捜査の進行に支障を来す場合も考えられることから、かかる事件については、被疑者勾留後の捜査の主宰者である検察官が監獄の長に対し、必要がある場合には接見指定をする用意があることを予め通知することは、検察官が接見指定権を行使する機会を確保するとともに、事務手続きの円滑化を図るうえで有用であるということができる。
このような意味での一般的指定は、捜査機関と監獄との内部的な事務連絡であり、それ自体は弁護人等又は被疑者に対し何ら効力を与えるものではなく、違法性の問題は生じない。
(二) そして、一般的指定のなされている事件につき、弁護人等が検察官と連絡を取ることなく直接被疑者の勾留場所に赴いて接見の申出をした場合、留置担当官が右申出の事実を検察官に連絡して検察官が具体的指定権を行使する意思が在るかどうかを確認し、検察官が右指定権を行使する旨表示した場合には、弁護人等に対し検察官との協議を求めるならば、通常協議に要する時間まで弁護人等が被疑者との接見ができないとしても、具体的指定が速やかになされる限りは、右待機時間は接見事務手続き上必要とされる相当な時間というべきであって、弁護人等が接見申出後直ちに被疑者との接見を実現できないからといって、一般的指定そのものを違法処分視し、あるいは、右留置担当官の措置を違法ということはできない。
(三) なお、一般的指定のなされている事件につき、仮に留置担当官が弁護人等に対し検察官との協議を求めることなく、あるいは検察官に対して右申出の事実を連絡せずに弁護人等と被疑者との接見を許さなかったときは、検察官が留置担当官に対し具体的指定があるまでは接見をさせてはいけないとの指導をしている場合は格別、そうでなければ、右留置担当官の行為それ自体が違法となるのであって、弁護人等が被疑者との接見が直ちにできないことは一般的指定がなされていることによる効果とは認められない。
そこで、本件において、検察官が留置担当官に対し具体的指定があるまでは接見をさせてはいけないとの指導をしていたか否かにつき検討するに、本件全証拠によっても検察官が留置担当官に対し具体的指定があるまでは接見をさせてはならないとの指導をなしていた事実は認められない。
また、<証拠>によれば、愛知県警内部においては、留置担当官に対し、一般的指定がなされている事件につき、弁護人等が具体的指定を受けることなく代用監獄に赴き接見の申出をした際には、検察官に連絡を取り、検察官が具体的指定権を行使すると言えば、双方協議をしてもらい、右協議に基づく具体的指定の内容に従って接見を実施するよう指導がなされていた事実が認められ、具体的指定がなされるまで接見を禁止するよう指導がなされた事実は認められない。
2 以上の次第で、一般的指定は捜査機関と監獄との内部的な事務連絡であり、それ自体は弁護人等又は被疑者に対し何ら効力を与えるものではなく違法とはいえないのであるから、T検察官が本件において一般的指定をなしたことをもって違法ということはできない(最高裁第二小法廷昭和六一年(オ)第八五一号、平成三年五月三一日判決参照)。
四争点3(F係長の処置の違法性の有無)について
1 留置担当官の一般的義務
留置担当官は、留置管理業務を遂行するにあたり、刑訴法、監獄法その他関係法規を遵守してその職務を遂行すべきであるから、接見事務に関しては、刑訴法三九条一項に定める弁護人等と被疑者との接見交通を阻害するような取扱いをしてはならない反面、同条三項が規定する検察官の接見指定権を行使する機会を失わせるような事務の遂行もまた許されないというべきである。
したがって、検察官による接見指定権の行使が必要やむを得ない例外的な措置であって、弁護人等と被疑者との自由な接見交通が原則であるといっても、留置担当官は犯罪捜査を担当しておらず、接見指定のための「捜査の必要性」の有無を判断できない立場にあるのが通常であるから、留置担当官としては、検察官による一般的指定がなされ、具体的指定権を行使する用意のあることを予め告知されている場合には、具体的指定を受けずに接見を申し出た弁護人等に対し、担当検察官を明示し、検察官との協議を求めるなど具体的指定を受けるための手順を示すとともに、検察官に対しては、接見申出の事実を連絡して具体的指定権を行使するか否かの検討の機会を与えるべきであり、かつ、それで足りると解され、留置担当官が独自に判断して速やかに弁護人等と被疑者との接見をさせなかったとしても、直ちに違法であると解することはできない。
2 F係長が原告に対し接見の中止を求めた点について
一般的指定は、それ自体としては検察官と監獄の長との間の内部的事務連絡であって、右指定の効果として弁護人等と被疑者との接見交通を一般的に禁止し、具体的指定がなされて初めて右禁止が解除されるものとは認められないことは前記三のとおりであり、また、留置担当官の一般的義務についても前記のとおりである。
してみると、前記一認定のとおり、F係長は右事務連絡の趣旨に従い、原告が具体的指定を受けていないことを確認した後、原告に対し接見の一旦中止を求めたことは、接見指定権者であるT検察官に対し、原告が接見を申し出ている旨を伝達して、接見指定の要否、方法等について検討する機会を与え、同検察官と原告との協議の機会を設定しようとしたものであるから、右F係長の行為が違法であるとは認められない。
3 F係長が具体的指定書が到着するまで接見を許さなかった点について
留置担当官の一般的義務は前記1のとおりと解されるところ、本件においては、F係長は前記一3のとおり、原告の接見申出を接見指定権者であるT検察官に伝達して、接見指定の要否、方法等について検討する機会を与えるとともに、T検察官の電話を取り次いで原告に対して同検察官と協議するよう求めているのであって、留置担当官としての義務を尽くしているのであるから、F係長がT検察官の意向に従い、具体的指定書が中川警察署に到着するまで原告と本件被疑者との接見を行わせなかったとしても違法とはいえない。
五争点4(T検察官の過失の有無)について
1 具体的指定の要件が存すると判断した点について
刑訴法三九条三項の「捜査のため必要があるとき」の解釈については、最高裁第一小法廷昭和五三年七月一〇日判決が、「捜査機関は、弁護人等から被疑者との接見の申し出があったときには、原則としていつでも接見の機会を与えなければならないのであり、現に被疑者を取調べ中であるとか、実況見分、検証等に立ち会わせる必要がある等捜査の中断による支障が顕著な場合には、弁護人等と協議してできるだけ速やかな接見等のための日時を指定し、被疑者が防御のため弁護人等と打ち合わせることのできるような措置をとるべきである。」と判示し、右最高裁判決以降、本件と同種の事案において、下級裁判所は右最高裁判決に沿っていわゆる限定説の立場から判示をしているのであり、罪証湮滅のおそれを含む捜査全般の見地から「捜査のため必要がある」か否かを判断した裁判例は見当たらない。
したがって、「捜査のため必要があるとき」の意義については、本件当時、最高裁判所及び下級裁判所において、限定説が確立されていたと考えられるから、その当時接見指定権を行使する検察官としては、右限定説の立場から具体的指定の要件を検討すべき職務上の義務が生じていたと解される。
本件においては、前記一4で認定したとおり、T検察官はいわゆる非限定説に則って具体的指定をしようとしたのであるから、同検察官は右義務に違反し、具体的指定の要件がないにもかかわらず具体的指定権を行使した点について過失は免れない。
2 T検察官が書面により具体的指定権を行使し、原告に対し右書面の受領と留置担当官への持参を求めた点について
また、本件においては具体的指定の要件が存しなかったのであるから、T検察官は、F係長から原告の接見申出の連絡を受けた際、これを制限してはならないものであったところ、T検察官には、具体的指定を書面により行使し、右書面を中川警察署の留置担当官に交付することにこだわったのであるから、右の点についてもT検察官に過失があったといわざるを得ない。
六争点5(F係長の過失の有無)について
前記四のとおり、本件におけるF係長の行為には違法性が認められないから、同係長の過失の有無について判断をする必要はない。
七争点6(原告の損害の有無)について
1 前記一7、8認定のとおり、本件においては、前記T検察官の違法行為により、①原告が接見を中断されてから再開されるまで約一時間五〇分が経過していること、②再開後の接見の際、本件被疑者から原告が弁護人となることについて不安の念を表明されるとともに、事後解任の意向も示されたこと、③同僚のU弁護士から、本件被疑者の弁護活動に関し忠告を受けたこと、④他事件の依頼者を二時間近くも待たせたこと、以上の事実が認められ、右事実からすれば、原告はT検察官の違法行為により精神的損害を被ったと認められる。そして、右のような精神的損害が検察官の違法行為によって生じ、かつ右行為に少なくとも過失が認められる場合には、この精神的損害は、弁護人として当然負担すべき職務上の苦痛とはいえないのであるから、そもそも原告が損害賠償の請求をできないとする被告国の主張は採用できない。
もっとも、本件においては接見指定の要件が備わっていなかったのであり、原告がT検察官と協議する必要はなかったといっても、原告には接見の迅速円滑な実現を求めるための努力をし、紛争の発生・拡大を防止すべく、当事者として検察官に対し容易に質疑できる機会があればこれを利用するなど適切に行動し、もって紛争の自主的な解決を図ることが望まれるところ、原告はT検察官と全く電話で折衝しようとしなかったのであり、そのことが接見遅延につながったことも否定することはできない。
よって、本件の諸事情を総合考慮し、原告の精神的損害に対する慰謝料としては金一〇万円をもって相当とする。
2 業務損害及び弁護士費用
原告の主張する業務損害は、結局のところ、原告と同様の経験年数を積んだ弁護士が実際に弁護士業務を行った場合には、一時間当たり二万円と評価できるというものであるが、本件においては約一時間五〇分の接見遅延により、実際に金銭評価が相当な業務上の利益を逸したとは認められないから、右業務損害を認めることはできない(右事情は1の慰謝料算定の際にこれを考慮した)。
次に、原告は弁護士費用として少なくとも五〇万円を下らない損害を被った旨主張するが、本件事案の内容、審理の経過(原告本人尋問は二期日にわたり実施)、認容額等諸般の事情を考慮すると、弁護士費用については金二万円をもって本件違法行為と相当因果関係ある損害と認めるのが相当である。
第四結論
以上の次第であるから、本訴請求は、被告国に対する請求のうち金一二万円及びこれに対する不法行為の日である昭和六二年二月五日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める限度で理由があるからこれを認容し、被告国に対するその余の請求及び被告愛知県に対する請求はいずれも理由がないからこれを棄却し、仮執行の宣言は相当でないからこれを付さないこととする。
よって、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官窪田季夫 裁判官林道春 裁判官池田信彦)